特記事項

ファン投票による出走馬の選定を行うことは新しい試みであったが、レースの名称もファン投票によって選定しようとしたことも非常に画期的であった。当初、競馬会は「中山グランプリ」という名称にしようとしていたが当時「グランプリ」という名称は映画に関係する言葉として使われていたくらいでまだ広く馴染んではいなかった。そこでファン投票用紙に出走させたい競走馬と同時に競走名を募った。その結果、一番多かった「中山大賞典」を始め17もの名称が集まった(競馬会が提唱していた「中山グランプリ(を可とする)」は第2位だった)。しかしどの名称も名提案とまではいかなかったため、第1回はそのまま「中山グランプリ」で行われた。
有馬記念の競走名により有馬温泉のある兵庫県の阪神競馬場で開催されていると勘違いされたり、特に関西在住の競馬初心者に「なぜ有馬温泉に近い阪神競馬場で行われないのか」という声が聞かれる[11]。正しい由来は概要に記されている通り有馬頼寧の功績を称えて命名されたものであって、レース名と有馬温泉とに直接の関係はない。ただし、有馬の先祖は室町時代に有馬温泉の周辺を治めていた地頭の摂津有馬氏である。
有馬記念開催50周年を記念し、2005年にロゴマークの一般公募を行った。その結果、京都市在住の男性が制作した有馬(Arima)の”A”をモチーフに金色の天馬の羽根と16個(有馬記念の最大出走可能頭数)の星(ファン投票で選ばれたスターホースの意味)をあしらったデザインが採用された。競走当日はグリーンチャンネルや全国の競馬場、ウインズで放送されるレースの映像にもこのマークが登場した(通常は中山のマスコットキャラクターである「ナッキー」)。2006年では使用されていなかったが、2007年以降では使用されている。
12月25日に本競走が開催される時には「クリスマスグランプリ」と言われる。2005年で50周年を迎えた本競走で、このクリスマスの日に本競走が開催されたのは過去5度。1966年の第11回が初開催。それ以降は1983年の第28回、1988年の第33回、1994年の第39回、そして2005年の第50回と施行されている。次回は2011年の第56回で施行の予定。
2001年以降、主要なGI競走開催日において行われてきた入場券完全前売制による入場規制は行われなくなったが2005年の第50回有馬記念では無敗の三冠馬として社会的な人気現象を引き起こしたディープインパクトが出走を表明し来場者の殺到が予測されたことから6年ぶりに入場券は完全前売制となり、当日発売は行われなかった。前売り券は約19万枚発売され完売した。その日中山競馬場に訪れたのは約16万人であった。しかしその16万人の注目の的であるディープインパクトは2着に敗れた。なお、これはディープインパクトの国内で唯一の敗北である。
本競走の開催日は混雑などの混乱を避けるため2007年までは全10競走で行われて、本競走は第9競走であった(発走時刻15:25と早い。なお通常GIが行われる競馬場のレースが15時半以後に行われるが、12月開催のメインレース発走時刻は日没時刻の関係でジャパンカップダート(2008年から)及び阪神ジュベナイルフィリーズが阪神競馬場にて開催される日を除き関東は全日15:25で順序も東京or中山→第3場→京都or阪神である。ちなみに、ジャパンカップダート(2007年まで)及びジャパンカップの発走時刻は15時20分である。したがって通常の日程と勘違いして勝馬投票券を購入してしまう者もたびたびみられるので購入の際には注意が必要である。ただし2007年までの有馬記念開催日の中山競馬場では「中山競馬第11競走」は存在せず、誤って第11競走の馬券を購入しようとしても発券機にマークカードを挿入したところでエラーが発生してしまうのでこのことによる購入ミスは起きなかった。1984年から1987年までと2008年からは全11競走中の第10競走で行われる。なお、中山競馬場の発走時刻及び発走間隔が通常開催日と異なっている。
本競走当日は、阪神競馬場及び中京競馬場も有馬記念効果で混雑する(危険防止のための退場規制も行われる)。また、指定席も早朝で売り切れる。名鉄では高松宮記念及び有馬記念当日に限り、夕方時間帯の一部で中京競馬場前駅に特急電車の臨時停車を行うなど鉄道業界も動かす。
中央競馬における「1年終わりの競走」として親しまれる有馬記念であるが、厳密にはその年最後の競馬ではない。中山競馬場の当日最終競走(第11競走)は「ハッピーエンドカップ」という条件競走であり、更にその直後に阪神競馬場で通常行われる第12競走「ファイナルステークス」がJRAの年間最後の競馬である。なお、この日に同時に開催される中京競馬場の最終第12競走は2006年より施行される「尾張(おわり)ステークス」というオープン特別競走である(2005年までは尾張特別だった)。
また、有馬記念は1979年までは必ずしもその年の中央競馬最終開催日に固定して開催されていなかった(最終開催日には中山大障害やアラブの重賞が開催されたことがある)。
通常、GI当日のメインレースと最終レースとの間は40分確保されているが(それでも記念写真撮影、表彰式、勝利騎手インタビューなどのセレモニーが長引いて最終レースの発走時刻が5分ほど遅れることが多い)朝日杯フューチュリティステークスと有馬記念の2つのGIレースだけは35分と短い。そのため、ハッピーエンドカップの発走時刻が毎年のように遅れる。ただし2008年からはハッピーエンドカップの発走時刻を16:05に設定し、有馬記念との間隔を40分に拡大した(それでも遅れが発生することがある)。
1988年から1995年までの8年間、有馬記念の前座競走として第7競走にファン投票によって選抜された騎手が出場できるジョッキーズグランプリが施行されていた。ファン投票は、有馬記念の出走馬投票とともに同じ投票用紙(はがき)を使って行われた。
有馬記念を中継するフジテレビはこのレースを競馬中継の中で最高のレースに位置付けており、それにふさわしいアナウンサーが実況するという観点から部長級の管理職のアナウンサーが代々実況を務めており現在の三宅正治アナで6代目となる。またこのレースを実況するアナはその他のレースは実況しないという慣例があり、三宅アナも初めて担当した2005年こそジャパンカップの実況を担当したが、翌2006年からは慣例にならいその他のレースの実況からは退いた。